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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12454号 判決

原告 株式会社国際ツーリストサービス

右代表者代表取締役 川澤正一

右訴訟代理人弁護士 朝野哲朗

被告 西濃運輸株式会社

右代表者代表取締役 田口義嘉寿

右訴訟代理人弁護士 大脇保彦

同 鷲見弘

同 飯田泰啓

同 相羽洋一

同 谷口優

同 原田方子

同 土方周二

同 林肇

主文

一  被告は、原告に対し、金七〇万七一〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇一万一七八〇円及びこれに対する昭和六二年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は旅行業法に基づく旅行業、国内、国際線の各種航空券等の代売業務等を業とする会社であり、被告は貨物自動車運送事業等を業とする会社であるところ、原告は、昭和六一年四月八日、被告東京支店に対し、訴外有限会社海外企画山梨(以下「訴外山梨」という。)宛へのパスポート七通の運送を依頼した。

2  右パスポート七通は、訴外山梨がツアー参加者七名から預かり、原告に台湾入国査証取得のために預けたもので、原告が右査証取得後右訴外山梨にこれを返還すべく被告に運送を依頼したものであったが、運送過程において紛失した。

3  右紛失により、原告は、訴外山梨に対し、同社が前記ツアーをキャンセルせざるを得なくなったことに起因して負担した以下の損失合計一〇一万一七八〇円につき、賠償義務を負うに至った。

(一) 航空券キャンセル料 三万円×七名=二一万円

(二) ホテルキャンセル料 九〇〇〇円×七名=六万三〇〇〇円

(三) 台湾入国査証料 四五〇〇円×七名=三万一五〇〇円

(四) 旅券再申請分印紙代 六〇〇〇円×七名=四万二〇〇〇円

(五) 旅券再申請分葉書代 四〇円×七名=二八〇円

(六) ツアー参加者への慰謝料(旅行費用倍返分)九万五〇〇〇円×七名=六六万五〇〇〇円

4  原告は、昭和六二年三月二六日到達の書面で、被告東京支店に対し、訴外山梨から請求された賠償金一〇一万一七八〇円を支払うよう催告した。

5  よって、原告は、被告に対し、運送契約の債務不履行に基づく損害賠償として、右賠償金一〇一万一七八〇円及びこれに対する右催告書到達の日の翌日である昭和六二年三月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、パスポート七通が紛失したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  高価品であることの不明告による定額賠償

本件パスポートは七冊合わせても一キログラムを超えないにもかかわらず、その取得原価は一冊一万〇五四〇円(七冊で七万三七八〇円)にも達するものであり、高価品に該当する。しかるに、原告は、運送依頼状に「書類」と記載するのみで、高価品であることを明告しなかったのであるから、被告は、高価品としての賠償義務を負うものではなく、商法五八〇条の運送品の全部滅失の場合として引渡しのありたる日の到達地の価格、即ち本件ではパスポート七冊の再調達価格(右取得原価)によるべきである。

2  過失相殺

原告は、紛失すれば多大な損害を被るべきパスポートの運送を被告のカンガルーミニ便という一キログラム当たり二万円以下の比較的安価な荷物を対象とする簡易宅配システムを利用しており、仮に以前に被告の集配人が運送依頼状に「書類」と書くよう言ったとしても、それ以後漫然と「書類」と記入し、被告東京支店に問い合わせる等せず、保険さえかけないという旅行業者としての基本的義務懈怠があった。この過失は重大であり、相当割合の過失相殺がなされるべきである。

3  相殺

本件運送料金は九〇〇円であるところ、原告は同料金の支払をしていないから、被告は、原告に対し、右料金債権をもって、原告の本訴請求債権と相殺する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。

2  同2のうち、本件運送がカンガルーミニ便と称されるものであることは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実は認める。

五  再抗弁

本件荷物の紛失は、被告において紛失の原因・経緯を特定することができない程ずさんな管理・保管体制によるものであり、被告の重過失により生じたもので、商法五八一条の適用がある。

標準宅配便約款二五条六項、標準貨物運送約款四八条にも、重大な過失により貨物の滅失・毀損を生じたときは、一切の損害を賠償する旨規定されている。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  当事者、本件荷物の紛失

請求原因1の事実及びパスポート七通が紛失したことは当事者間に争いがない。

二  損害賠償責任

《証拠省略》によれば、本件荷物は昭和六一年四月八日退勤時刻近くに被告の集配人により原告から運送依頼を受けて、集荷されたこと、当日の被告東京支店から被告甲府営業所への荷物約七〇〇個は同日午後一一時から翌日午前一時までの約二時間被告東京支店において同支店の立会者と乗務員とのチェック後幌かけ一一トントラックに積み込まれ、甲府営業所に向かい、同日午前六時頃同営業所に到着したこと、同時刻頃同営業所には被告の他の営業所等からの荷物を積んだトラックも少なくとも二台到達していたこと、本件トラックの荷物の積下点検は乗務員末木吉夫と右営業所の夜勤者一ノ瀬信一の二人で約二時間かけて行ったこと、点検後の荷物は原票と共に営業所内のプラットホーム上に置かれ、各戸に配達する乗務員が積込みの際に再び点検したこと、同営業所では本件荷物の紛失に気づかず、同日午前八時半頃配達に回ったこと、同日午前九時頃訴外山梨は原告が本件荷物と同時に被告に運送依頼していたもう一つの荷物の配達を受けたが、本件荷物の配達がなかったことから被告甲府営業所に問合わせをしたこと、その問合わせにより本件荷物の紛失に気づき、被告において全国の被告営業所に点検させたが、本件荷物は発見されなかったこと及び本件荷物がどの過程で紛失したものかも判明しなかったことが認められる。

以上認定のとおり、本件荷物の紛失については、被告社内のどこで紛失したものか、また、どの過程で紛失したものか、さらにはどのような原因で紛失したものであるかも判明しないというのである。

してみると、被告の責めに帰することのできない事由によって本件荷物の紛失があったという可能性を否定することはできないとしても、右認定の事実関係の下ではそのような事由により紛失したものと認めることはできないので、結局、被告は運送契約不履行による損害賠償義務を負わざるをえない。

三  損害額

《証拠省略》によれば、本件パスポート七通は訴外山梨がツアー参加者七名から預かり、原告に台湾入国査証取得のために預けたものであるところ、原告が査証を得て本件パスポート七通を右訴外山梨に返還すべく被告に運送依頼したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、本件パスポートの紛失により、四月一一日から予定されていた七名の台湾ツアーは中止せざるをえなくなり、訴外山梨は、所定の航空券キャンセル料として二一万円(一人当たり三万円)、ホテルのキャンセル料として六万三〇〇〇円(一人当たり九〇〇〇円)を支出したほか、ツアー参加者へ慰謝料として旅行費用と同額である九万五〇〇〇円宛合計六六万五〇〇〇円を支払ったこと、このほか、訴外山梨は、ツアー参加予定者の代替旅行として行われた伊東への旅行に要した費用二三万八八三〇円を支払ったこと、しかし、本件パスポートの紛失によりツアー参加者の居住地域での営業活動がうまく行かなくなり、同地域での営業活動を撤退せざるを得なくなったこと、旅券の再発行申請のためには一人当たり六〇四〇円(申請印紙代六〇〇〇円、葉書代四〇円)の出捐を必要とし、また台湾入国査証を得るためには一人当たり再び四五〇〇円の出捐を要すること、訴外山梨は原告の子会社であること及び訴外山梨は、原告に対し請求原因3記載の金額の支払請求をしていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の認定によると、本件パスポートの紛失により、訴外山梨が請求原因3記載の金額一〇一万一七八〇円を超える支出を余儀なくされたことが明らかであり、そして、この出捐は本件パスポートの紛失と相当因果関係にあるものというべきである。確かに、七名に対する慰謝料の支払額は多額であるが、予定していた海外旅行が中止となったのであるから同人らへの慰謝のためにはある程度の支払をせざるをえないことは容易に推認できるところであり、また、訴外山梨のような旅行業者としては顧客から不評を買うようでは今後の営業に影響を与えることから、それを避けるべく、ある程度の支出は止むを得ないところであり、さらに、現実には請求外の支出として伊東のホテル代も支出していることに鑑みると、一人当たり九万五〇〇〇円の慰謝料支払分は、パスポート紛失と相当因果関係にある損害と見るのが妥当である。

してみると、原告が主張する損害額一〇一万一七八〇円は本件パスポートの紛失と相当因果関係にある損害というべきである。

ところで、右に認定しているように、具体的な出捐をしているのは訴外山梨であって原告ではないが、原告は同社から請求原因3記載の金額の支払を請求されているところ、後記するように、原告の運送依頼した者の重過失により、本件パスポート紛失事故が発生したものといわざるを得ない以上、原告と訴外山梨との関係では、原告が依頼した被告の過失は、原告の履行補助者の過失として、原告は、訴外山梨に対し、パスポートの返還債務不履行により生じた損害を賠償する義務があるから、原告の被告に対する損害賠償請求は理由がある。

四  高価品の不明告による定額賠償(抗弁1)の主張について

被告は本件荷物が高価品に該当する旨主張するが、本件荷物であるパスポートは、各人にとっては貴重品であるが、それ自体として交換価値があるものではなく、商法五七八条の適用のある高価品には該当しないものというべきである。《証拠省略》によれば、被告のカンガルーミニ便では一キログラム当たり二万円を超える高価品は取り扱わず、それを超えるものは一般貨物として取り扱う旨が「お客様控」伝票に記載されていることが認め、また、本件荷物は七通のパスポートにすぎないから、一キログラム以下と推認されるところ、右認定のとおり本件紛失したパスポートの再発行に一通当たり一万〇五四〇円を要するというのであるから、本件荷物についてはミニ便の対象とならない建前であるといえるが、右程度の価格のものを商法五七八条の高価品に当たるというわけにはいかない。

また、被告は、本件荷物の紛失による損害が、商法五八〇条の適用により、その引渡予定日における当該荷物の到達地の価格である七万三七八〇円に限定されるべき旨主張する。これに対し、原告は、本件荷物の紛失が被告の重過失によるものであるから同条の適用はなく、同法五八一条の適用により、滅失により生じた一切の損害の賠償を負う旨主張している。

そして、商法五八一条の適用をするためには、被害者である原告において本件滅失が運送人である原告の悪意又は重過失によることを立証する義務があるところ、前記したように本件荷物の紛失の原因は判明しないというのである。したがって、本件紛失が被告に責めを問うことのできない事由によるものである可能性もあるし、反対に被告の従業員による故意によるものである可能性もあるし、それ以外の可能性も否定できない。このように紛失原因の特定ができない以上、形式的に見る限り、本件紛失が被告の悪意(故意)又は重過失によるものであると認めるだけの証拠がないこととなる。しかし、前記認定の運送関係についての経緯によれば、被告東京支店からの手許に保管された以降の本件荷物の保管状況が全く分からないとしても、本件紛失が運送人である被告の支配下で起きた事故であることは否定することができず、このように運送人である被告の支配下に移った後の品物の滅失の原因については運送人側に立証責任があるといわねばらないことに鑑みると、右のような処理をすることは相当でない。現在のように機能の分化が進むと、被告のような大量に運送品を取り扱っている社内での、本件荷物のように小さな品物の紛失に至る過程についての立証責任を運送依頼人である原告側に負わせることは妥当性を欠くものといわざるを得ない。そうでないと、現在の社会においては、運送人側が立証に協力してくれなければ、運送依頼人は全く救済される余地がなくなってしまうことになるからである。このように、運送人の支配下での事故であることを前提とする以上、その原因関係については、運送人に立証責任があるといわざるを得ず、本件のように原因関係が全く判明しない場合には、運送人に重過失があったものと推認し、商法五八一条を適用することが妥当である。しかも、本件荷物の紛失の経緯について全く判明しないことは、被告の保管・管理体制の不備を示すので、この点での過失も軽いものではなく、重過失があったと評価することもできる。

五  過失相殺(抗弁2)

《証拠省略》によれば、貴重品であることが明示されて運送依頼があると、被告では、荷物及び伝票上もその旨を明らかにし、運送の際にも、他の荷物とは区別し、運転手の目の届くところに置き、目的地営業所に到達した際にも、事務所内で営業所の責任者に直接手渡しする等の別扱いをすることが認められる。これによると、本件荷物の内容がパスポートであることが明示されていれば、その取扱いは慎重なものとなったものと推認され、本件紛失事故の発生を回避できた可能性を否定することができない。

ところで、「お客様控」上には、一キログラム当たり二万円を超えるものはカンガルーミニ便では取り扱わず、一般貨物として取り扱う旨の記載があること(この事実は前記認定のとおりである。)と、本件荷物についての伝票上には本件荷物の内容がパスポートであることは何ら明示されず、単に「書類」と記載されていたこと(このことは、《証拠省略》により認められる。)からすると、原告においても、パスポートという貴重品の運送依頼をするに当たり、より安全な方法があるにもかかわらず、慎重さを欠き、安価な方策を採ったものと推認される。

原告代表者は、その本人尋問において、被告の集配人からパスポートの運送依頼の場合にも書類と書けば良いといわれていたので、その例に従っただけである旨及び原告はこれまでも被告のカンガルーミニ便を用いて数百回パスポートを送付していたがそれまで一度も事故がなかった旨供述しているが、右事実があるとしても、原告の過失を無視することは相当でない。

以上の事実によれば、原告側で慎重な配慮をしていれば事故の発生を回避することができた可能性が大きいので、被告が負担すべき損害賠償額の算定に当たっては、その原告の過失を斟酌することが妥当であり、被告において負担すべき損害額は、前記認定の損害額の約七割に当たる七〇万八〇〇〇円とするのが相当である。

六  相殺(抗弁3)

抗弁3の事実は当事者間に争いがないので、原告の前記認定損害賠償債権は、その対等額九〇〇円につき相殺により消滅した。

七  結論

以上説明したように、原告の被告に対する損害賠償の請求は、金七〇万七一〇〇円の限度で理由があるところ、原告が被告に対し昭和六二年三月二六日請求原因記載の金額の支払請求をしたことは当事者間に争いがないから、原告の被告に対する請求は、金七〇万七一〇〇円とそれに対する右支払請求の日の翌日である昭和六二年三月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、それを超える部分の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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